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ビアンキ 偉大なるファウスト・コッピ

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こんにちは!With your Bicycle Life.Akiです! 今日は、ビアンキについてです!以前も、YOUの愛車拝見で出てきたビアンキについてのご紹介です。 ビアンキというよりも、ビアンキに乗っていたファウスト・コッピの生涯についてです。 今日も、私のお助けマンはこちらです。

50の名車とアイテムで知る図説自転車の歴史

毎回毎回お世話になって、ちょっとボロッとしてきましたがこれからもよろしく!ということで。

ビアンキ

BestBikeKitさん(@bestbikekit)が投稿した写真

写真 Instagram BestBikeKitさん(@bestbikekit)さんより

ターコイズブルーの色で有名なビアンキ。 ビアンキが有名になったのは、偉大なる自転車レーサーファウスト・コッピが乗ったからだと言われています。コッピの愛用の自転車はビアンキ。ビアンキのターコイズブルーの色とピットの走りは素晴らしく、ビアンキはロードレース用自転車の世界では伝説であり、イタリア最古の自転車メーカーだと言われています。

ファウスト・コッピ

ファウスト・コッピは非常に貧しい農家に1919年9月15日に生まれました。家から20キロメートル離れた食肉店で働くため、毎日自転車で仕事に通い、ペダリングがあまりにも速かったため全速力で走っている自転車愛好家を途中で抜くほどの速さでした。

才能

その才能はマッサージ師で元サイクリングチームの監督だったビアッジョ・カバンナに見初められ、メキメキと腕をあげ、1940年にはプロに転向しました。 20歳でジロ・デ・イタリア初優勝を飾り、1942年には、45.798キロメートルのアワーレコードを叩きだしました。その記録は、1956年のジャック・アンクティルに破られるまで、14年間保持されました。

決して強靭な体ではなかったコッピ

第2次世界大戦が終わると、北アフリカでイギリス軍の捕虜になっていましたが、無事に帰還し、自転車レースに戻ってビアンキ・チームに加わりました。 コッピは自転車では、高い才能を持ち卓越したアスリートではありましたが、決して体は強靭な体ではありませんでした。胸郭は大きく心臓の機能は並外れていましたが、骨格は非常に華奢で、筋肉の発達した太ももは異様に大きく見えました。

幼少期の栄養不良

b_01 写真 50の名車とアイテムで知る図説自転車の歴史 より
(ファウスト・コッピが実際にレースで乗っていたビアンキ。風雨とレースでの痕跡残るビアンキの自転車)

幼少期の貧しい農家で育った時の栄養不良がたたり、骨がもろく、プロとして活動中も鎖骨や骨盤、大腿骨など、総数20以上の深刻な骨折を経験していました。コッピは、なんと椎骨がずれたこともあるのです。

厳しいトレーニング方法

そのため、コッピは厳しいトレーニング方法をあみだしました。日々の厳しいトレーニングに徹底的な栄養管理を行ったのです。朝からステーキを食べていたら、コッピの場合、消化不良と神経性胃炎に悩まされて体調を崩してしまうので、少量ずつで食べる回数を増やし、たんぱく質を避け炭水化物を多くとっていました。

コッピの人生そのものが綿密な計画

BestBikeKitさん(@bestbikekit)が投稿した写真

写真 Instagram BestBikeKitさん(@bestbikekit)さんより

コッピの人生は栄養管理だけではなく、全てが綿密な計画のようでした。レース戦略を細部まで確認し、バックアップチームには徹底的に指示をだし、ステージごとにポイントとなる地点を決め、どこでライバルを突き放すかまで入念に選び、まるで軍隊のような手際の良さは、本当に周りを唖然とさせました。

装備はいつでも完璧なコンディション

そう、そして、装備はいつでも完璧なコンディションだったのです。

完璧なペダリング

コッピの走りを目の当たりにした人々は、口々に「ペダリングが勝因だった」と騒ぎ立てました。そのペダリングはあまりに「完璧」だったのです。

緻密さと無謀さ

BestBikeKitさん(@bestbikekit)が投稿した写真

写真 Instagram BestBikeKitさん(@bestbikekit)さんより

コッピは緻密な計画を持ちながらも、それとは相反する無謀さも持ち合わせていました。 1949年のジロ・デ・イタリアでは、ゴールまで190キロもある地点で早々と集団から飛び出し、そのまま独走して勝利を納めました。

素晴らしいスタミナと独特のレースセンス

コッピは素晴らしいスタミナと独特のレースセンスで自転車レース黄金期のチャンピオンになりました。ジロ・デ・イタリアの優勝は5回。1949年にはツール・ド・フランスで初優勝。そのツール・ド・フランスでは激しく落車したにも関わらず、1時間でトップに追いつき、最終的にはバルタリと接戦になったものの優勝を獲得し、1952年のツール・ド・フランスでは再び総合優勝を果たしました。

イタリア北部で大人気

コッピにはジーノ・バルタリというライバルがいましたが、人柄は対照的で、バルタリは保守的で信仰心があつく、牧歌的なイタリア南部で人気を集め、一方コッピは、世俗的で、最新のトレーニング法にこだわる現実主義者であったため、産業が盛んな北部で非常に人気がありました。

危険に挑み、スキャンダルにまみれた人生

b_02 写真 50の名車とアイテムで知る図説自転車の歴史 より
(写真は最後の勝利の時。マラリアで亡くなる数週間前のコッピ)

ファウスト・コッピの人生は自転車では成功をはくしましたが、私生活では敗北を喫しました。弟のマルセルが1951年に悲劇的な事故で亡くなり、その後もコッピは不倫スキャンダルに見舞われ、マラリアが原因で40歳という若さで亡くなりました。 危険に挑み続けたコッピの最期は、コッピにふさわしい最期だったと言えるのかもしれません。

伝説のコッピ

コッピがひとたび集団から抜け出すと、集団はレース中に2度と彼の姿を見ることができなかったという伝説と、コッピを凌ぐと言われたメルクスでさえも、どんなに自分の力を極限まで追い込んで勝っても、ファウスト・コッピは悠々と上品に勝ったと述べられているほどです。

BestBikeKitさん(@bestbikekit)が投稿した写真

写真 Instagram BestBikeKitさん(@bestbikekit)さんより

いかがでしたでしょうか? ビアンキと共に生きたコッピのお話でした。 ビアンキカラーのターコイズブルーとても綺麗ですね。コッピのようには生きれなくても、それでも、少しでもコッピに近づきたいと思って日々、自分自身に挑戦している人々はとても多いと思います。 体が丈夫ではなくても、それでも自転車で優勝していたピットはとても素晴らしいと感動しました。

YOUさんが、YOUの愛車拝見でビアンキについても語ってらっしゃるので、ぜひ、そちらもあわせて読んでみてください。とても人気のある記事です。

YOUの愛車拝見 vol.5 bicycle_blue

ではでは、今日は、ビアンキに乗ったピットについてでした。 ではでは、また次回!

 

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